【看護理論家】アーネスティン・ウーディンバックってどんな人?

背景・歴史

ウーディンバックは、子どものころから看護に対しての関心を持っていた。その後も看護の役割に魅せられていった。彼女は、マサチューセッツ州のウェルズリー大学を卒業後(教養学科の学士号取得)、メリーランド州のジョンズ・ポプキンズ行インの看護学校に入学した。そして、ジョンズ・ポプキンズでの勉学を修了したのち、ニューヨークのいくつかの病院や公衆衛生看護の機関で様々な地位に就いた。さらに彼女は勉学を続け、コロンビア大学教育学部の夜間講座にも通い、修士号と公衆衛生看護の免許を取得した。この間、ニューヨーク・マタニティー・センター協会長であったハーゼル・コルビンの勧めで、ウーディンバックはその協会の看護婦ー助産婦学校に入学した。その課程を修了した後、助産婦としてマタニティー・センター協会の自宅分娩サービスに従事した。こうした実践に加えて、さらにウーディンバックは学術的な経歴を重ね、ニューヨークにあるコロンビア大学の教育学部の夜間コースで上級の看護学を教えたり、専門誌にいくつかの論文を発表したり、臨床看護についての教科書を書いたりした。彼女はまた、看護の専門組織の中でも活躍した。そして、1925年、ニューヨークからコネティカットに移り、エール大学看護学部の教員になった。1958年には臨床看護教科書の『家族中心の母性看護』を著した。まさに、ここでの膨大な実践経験と教育の中から、彼女の理論モデルは開発されたのである。エール大学での長い経歴ののち、彼女は退職してフロリダへ移った。

人間とは

ウーディンバックナイチンゲール
人間は、基本的に自分の周囲の状況によって課せられる≪要求>を満たす≪能力≫を欲するものであり、自律を求めてやまないものであることは、経験的に正しいと考えられている。そこで人間とは、持っている機能を発揮し続ける存在である。人間は、身体的・知的・情緒的・社会的そして霊的な構成要素を含むものである。そして、生得権、社会的階級あるいは、生物学相違に関係なく平等である。
●人間の本質に関する4つの前提●
➀人間はそれぞれ自己を維持し、支えるための資源を自分自身の内部に発展させる独自の可能性を賦与されている。
②人間は基本的には自分で方向性を定めたり、相対的な自律性に向かって努力するものであり、自分の有能性と可能性を最大限に活用したいと願うだけでなく、さらに自分の責任を果たしたいと望むものである。
➂自己を知ることと自己受容は、その個人の完全性と自己価値にとって欠くことができないものである。
➃その個人が何をするにせよ、それをしているその瞬間においては、その人の最高の分別が表れている。

健康とは

ウーディンバック ナイチンゲール
健康の概念は定義されておらず、また議論もされていない。
看護、患者、援助へのニードについての定義および、これらの関連性によって、看護婦-患者状況における健康への関心が暗示されているにすぎない。
健康とは、良い状態をさすだけでなく、われわれが持てる力を十分に活用できている状態でもある。これを言い換えると、疾病や障害のない状態をいうだけでなく、疾病や障害があっても、その人やその人の周囲の人々のもてる能力が十分に発揮できている状態であれば健康である。

看護とは

内容

看護には、目に見える部分と見えない部分との2つがある。目に見える部分とは、患者は援助を必要としているかどうか、またどんな援助を求めているか、そして、その患者に役立つようなやり方で援助するにはどうしたらよいかということを決定する複雑な過程にそって、看護婦が自分の考えや感じたことを方向付けし、それらの問いのひとつひとつに応じようとして行う行為のことである。目に見えない部分とは、前者に対して、ひとつひとつの行為に先立って生じたり、同時に生ずる看護婦の思考や感情である。

臨床看護は、しっかりした目的とそれを支える哲学とを持つことを目指すべきであり、それはまた、臨床看護の指針となるものである。<目的>と<哲学>とは、看護を実践している1人1人の看護婦が看護婦として一人前になっていくためには欠くことのできない本質的なものである。

看護の目的

ある個人が障害を乗り越えようとする努力を促すことであり、その障害とは、その時その人が置かれている状態や周囲の状況の中からその人に要請されていることに、うまく応じる能力を妨げているものをさしている。つまりその人が<援助を求めるニード>として体験しているニードを満たすことである。

●目的の達成の過程にある看護実践の3つの構成要素●

➀患者が体験し、援助を必要としているニードの明確化
➁必要とされている援助を実施すること
➂実施された援助がはたして必要としてされた援助かどうかを確認すること

看護の哲学

看護婦ひとりひとりの信念やふるまいから導き出される人生や現実に対する態度であり、その看護婦の行為を動機づけるものであり、彼女が何をすべきかを考える指針となり、彼女の決断に影響を与えるもの。

●看護の哲学の基礎●

➀賜ものとしていのちへの畏敬の念
➁ひとりひとりの人間の尊厳、価値、自律性、独自性への尊重の念
➂自分の信ずるところにしたがって力強く行動するための決断力

時・場

人は自分のおかれている状況の≪要求≫に立ち向かうことができなかったりする場合、ただ単にフラストレーションにおちいったり、悩んだりするだけでなく、≪援助≫を必要とするようになる。そして、その時、その場での患者・看護婦関係がこの≪援助を必要とするニード≫をしっかり把握できるか、また、援助してほしいと思っていることに対応して充足させられるかにつながっている。その個人が、その時、その場で≪援助を要するニード≫を体験しているか否かということが、看護にとって決定的な問題である。

自分自身の努力だけでは、その個人のニードを満たすことができないと認識し、ほかの人々のサービスを必要とする人

ナイチンゲールとの比較

類似点相違点
人間とは人間は成長し、変化する可能性と能力を持ち、また、健康であることを望むものだとした点ナイチンゲールは、構成要素など全体的な人間そのものを表したのに対し、ウーディンバックは、人間を性質や欲求、知覚を中心に表した点
看護とは看護は、看護がその力を有能に機能させることを妨げているものを理解し、克服していくことだとした点・ナイチンゲールは常に環境に重点をおき、ウーディンバックは患者のニードや看護婦の目的などに目を向けた点
・ウーディンバックが患者のニードを看護の中心とした点

KeyWords

・援助を要するニード(need-for-help)
・哲学と目的
・臨床看護の援助技術理論
・”その時・その場”性

参考文献

・外口玉子、池田朋子訳「ウィーデンバック 臨床看護の本質-患者援助の技術」現代社、1969
・都留伸子監訳「看護理論家とその業績」医学書院、1995、第2版
・雪永政枝「看護史年表」医学書院、1969
・井上幸子、平山朝子、金子道子編集「看護とは」日本看護協会出版会
・稲田八重子他訳「看護の本質」現代社、1985年、第3版

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